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K's diary, thought, and so on.

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意味、悠久に響く音

意味とは何だろうか。

記憶と論理の粘着材に過ぎないのか、
それとも、主体による大きな流れの解釈なのか。

小刻みに震える僕の命を存在という意味に結び付けてくれる音。

無意味という意味の放棄。
ただ、そこに在るということが関係性を構築し、僕の命を命足らしめる。

君と響き合うために言葉なんて必要ないのかもしれない。
否、言葉では決して届かない領域がある。

僕達は不完全だ。

だからこそ、お互いの内に支えあう音を求めるのではないか。

悠久に響いていければいい。
君はそこにいる。


mimi
実家で暮らすミミ。
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  1. 2010/05/20(木) 06:35:37|
  2. 認知、哲学
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クラスターの認識

クラスターの認識こそが人間の特性ではないかということについて。

Twitterで何気なく思ったことをつぶやいていたら思考がまとまってきた。
やはり考えは言葉というフィルターを通すことで論理的に再構築される。

一度外部に言葉として生成されたものを客観的に再度濾過することによって蒸留できるのだ。

さて、そんな中で考えたのが
クラスターという概念が人間の特性を表しているのではないかということについて。


まずはクラスターという言葉の定義から始める。

(チベット仏教は、まず第一に徹底的な論理学を身に着けることからはじまる)
(論理を積み上げていくToolを鍛えるのだ)
(チベット仏教についてはいずれじっくり書く)

ここでは一般的な意味でのクラスターという概念からは少しはずれるかもしれないから、
いちから考えていく。


一般的なクラスターという語の持つ意味。
---------------------------------------------
【英】Cluster
花・果実などの房、かたまり。
同種の動物・人・物などの群れ、一団。
原子・分子の集合。
データをひとつのかたまりとして扱う単位。
記憶装置における記憶単位。
---------------------------------------------


あなたという人間がいる。
あなたは家族の構成単位としてのクラスターに内包される。

同時に、あなたはある国の国民としてのクラスターに内包される。
同時に、あなたは性別的に男か女か、若しくはそれ以外の性というクラスターに内包される。
同時に、あなたはホモサピエンスとしての学名に内包され、哺乳類であり、生きている。

こういうふうに、大きな"容器"にどんどんと内包していくことが出来る。
反対に、小さな方向に(原子や分子レベルで)クラスターを認識していくことも出来る。


こういう分類は"名づけ"の行為によって行われる。

ある一団の類似する特徴を認識し、分類する。
どの特徴を認識するかによって、それらの持つクラスターの階層は変わってくる。

目の前の机が、単に木材の集合体ではなく机であるのは、こうした意識の働きによる。


...ということで、ここでいうクラスターの意味とは
「客体を認識し、名づける」行為のことになる。

客体の適用範囲はクラスターの基準に依る。


ここで強調したいのは、クラスター構造は
決して「ものごとの事実」により決定されるわけではないということだ。
(それはこの空間的、時間的宇宙の次元には"存在"しないんだ!!)

その存在の在るがままを人間は決して捉えることは出来ない。
(ナーガールジュナの思想では仏教的悟りがそういう境地を指しているようだが)

主体に映りこんだ世界の断片を投影し、客体を存在として浮かび上がらせるのだ。

(旧約聖書の創世記はその物語に思える)

うん..どうしても詩的な表現に陥ってしまうな。
もっと論理的に突き詰めれる事柄なのだけれど...。

ノーム・チョムスキーの生成文法理論に見られる"チョムスキー階層"を勉強したい。
きっと通じるものがある。

形式言語の階層が、心の階層=世界の階層を示すことにはならないか。


こういったことを考えることに何の意味があるというのか。

それに対する明確な答えはない。

...が、そこに着目することは愛を考えることだと思っている。
もちろん、愛を考えることと実践することは全く違う。

論理など捨て去って、愛を実践していければそれは素晴らしいことだ。

それでも、全てを「理解したい」という欲求からは自由になれない。

そこに言葉は届かないかもしれない。
いや、すでに言葉の持つ表象能力の限界は人間の次元に対する知覚能力に縛られている。

だからこそ物語が必要で、人生は流れていくのだと思う。

この世界に在れることに感謝。

  1. 2010/04/07(水) 19:56:39|
  2. 認知、哲学
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名づけによる世界の成り立ち

内部世界と事象との狭間にあるものが感覚器官だと言える。

それは単純に五感を通して得られるものではなく、観念のレベルでも同じことだ。

第三者としての完全な客体(ありえないもの)を神の視点として据え置いてみると、
僕の見る世界、あなたの見る世界、それは共に神の視点からはズレている。

目の前のものを認識するということは、"名づけ"を行う行為だ。
それには、言葉というツールを使って表層の意識に昇らせる必要はない。

言葉は曖昧なザルにすぎないもので、
物を語るということは神の視点にある世界を利己的に切り取る作業だ。


"好き"という感情。
それはもともとあなたの中に存在したものではない。
外の世界と触れることでえた情報(=振動)をカテゴライズし、
認識できる言葉に置き換えたものだ。
(起因は絶対的にあなたにある)

目の前のコップも、愛も、思想も、あなたがいなければ存在しないものだ。

それは唯脳論的な"全ては想像の産物でありえる"ということではなく、
(マトリックスの世界、もちろん、これも否定出来ない)
全ての人は、神の視点から切り取った固有の世界を自ら形成し、そこに生きているということだ。

あなたのコップは、あなたのものだ。
これは既得権や所有の観念の話ではない。

あなたが認識することで、あなたの世界に招きいれたものだ。

あなたの愛は、あなたのものだ。


この論点でいえば、世界はあなた自身である、と言える。

しかしそれは決して、全ての人が同じ世界を共有しているという前提ではないから、
あなたに"他の世界"に直接触れる権利はないし、その術もない。

(世界構成を組み立てる手段としての芸術、哲学、宗教、密教的儀式、シャーマニズム、
禅的行為、洗脳や心的外傷を与える手段などで間接的に他人の世界を組み立てなおすことは可能)

芸術家は、その世界が彼自身のものであることを知っている。

芸術作品というものはその人の固有の言語だ。
その人の生き方そのものも、その人の世界を伝える、言葉であり、振動だ。

矛盾するようだが、個々の世界は切り離されて存在する別個のものではない。

全ては、大きな流れの一部であり、お互いに振動を伝える膜のようなものだ。


全てが、全てに依って、成り立っている。
ここに、倫理の生まれる土壌がある。

なぜ、人を傷つけることがいけないことなのか。
なぜ人を殺してはいけないのか。

関係性によって成り立つ世界を認識しなければ、
愛は生まれない。

仏陀の色即是空は存在の否定ではなく、
キリストの愛は仲間意識という小さな囲いではない。


...と思う。

  1. 2010/03/21(日) 22:03:27|
  2. 認知、哲学
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認識と変数、矛盾。歩みを止めないこと。

英語の構文を要素に分解して観察している。

SVOなどの要素の中で、Oの役割の中に準動詞を置くことにより、
その内部構造はSVOC→(OC→(OC....))という構文が可能になる。

これはまるで変数を使用した数式のようだ。

Aという変数に"B+C"という式を代入する。
A+Aのその内部構造は(B+C)+(B+C)となる。

そこでBに"D+E"を代入し、Cに"F+G"を代入する。
その時のA+Bの内部構造は...(D+E)+(F+G)+(D+E)になる。

この概念はプログラム言語でも同じで、
代入する変数の値をある特定の状態を示す値と対応させることで、
特定のアルゴリズムを作ることが出来る。

プログラム言語の記号で数式と相容れないのは、変数を代入する時の=の記号だ。
プログラム言語ではA=A+1という式が成り立つが、これは本来は
A→A+1と書くべきで、Aの状態の変化を示すコマンドだ。
(これに対し条件説のなかでの=は従来どおりの=である)

この、状態の変化を示す記号は言語活動の中の時間軸を表す記号に相当する。

言語学者は数学を言語学のための道具と呼び、
数学者は言語学は数学の一形態だという。

思考というものはある特定のアルゴリズムとブラックボックスの計算の累積とも言える。

そのブラックボックスの未知数ゆえに、心理学や認知科学は具体的な方程式を持たないが、
その大部分は変数によって流れを規定されているのではないだろうか。

それはバイアス(偏見や培ってきた価値観)となり、
ブラックボックスの中で、"ある答え"を導くための変数となる。

このバイアスというものがやっかいで、
大抵は無意識下で処理され、その変数の絶対性を疑うことは、まずない。

AというものにはB+Cという変数を代入するのです、という"価値観"は、
それが絶対の真理ではなく、単なる思い込みに過ぎないということを忘れさせる。

この変数の内部構造は、"決して"自分で作り上げたものではなく、
ほとんどの場合知らない間に周囲の環境によって作り上げたものである。

主体がその対象について無関心であればあるほど、
簡単にその内部構造は鵜呑みにされるし、
反対に"ある特定の結果"を切望している主体が、
その答えを導く変数の形態を見つけたときにも、それは簡単に適応される。

9.11以降、テロという変数には"イスラム"や"原理主義"という概念が代入されている。

自分という変数には"日本人"であったり"キリスト教徒"であったり、
"ボルドー産の赤ワインはおいしい"というような価値観が代入されていたりする。

自分の思考というものを辿ろうと思ったら、
その思考の源泉となる変数そのもについて考えていかなければ、
どこまでいってもその変数以前の思考にはたどり着けない。

こう考えていくと、本当に自分の意思などというものが存在するのかどうか、
とても曖昧になってくるが、その質問に答えはない。


言えるのは「絶対正しい」ものなどないということだ。

正しいという概念、式の解は、変数によっていくらでも変わりえるのだ。

(答えを導いた変数が正しいものである確証はない)
(ここで「正しい答えなどない」ということを断言するのもまた矛盾か)


さて、つまらないやり方でつらつら書いたが、結局言いたいのはこういうこと。


人は自分を信じて歩いていくしかない。
自分が何を信じていて、何を正しいと思っているのか、きっちりと知ること。
そしてその価値観は絶対のものではなく、他の人は他の価値観を持っていることを知ること。
考えるのを止めないこと。
最後まで行動すること。
大切なものを大切にすること。

  1. 2010/03/07(日) 19:01:58|
  2. 認知、哲学
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アンカーリング

アンカーリングというものを数年前から利用している。

自分の精神状態をスイッチで切り替えるようにして操作するテクニックだ。

運動選手なんかが競技前に精神集中したり、お気に入りの曲を聴いたりして
精神状態を100%にもっていくのと、原理は一緒だ。

本来自律神経で動いているものを、ある程度操作する。

火事場の馬鹿力を、自由に使うといえばわかりやすいか。


音楽や何かでもいいのだが、オレは何処でも自由に引き出せるように、
鍵(トリガーという)は左手の指にしてある。

各々の指に設定された精神状態を、右手で掴むことによって発動させる。

図にすると下のようになる。

anchor

それぞれの指に、その性質と、イメージし易い色をつけてある。

【親指】...(Relax)体の完全な脱力。精神の落ち着き。静かな心。
【中指】...(Concentration)集中力。やる気。生命力が満ち溢れた感じ。
【薬指】...(Love)愛。生かされていることへの感謝。命の希少性。
【小指】...(Intuition)直感。言葉以前の思考。あらゆるフィルターの除去。

...といった具合だ。

親指と、中指は、数年前からだいぶ実用的になってきている。
イメージとしては、親指がセロトニン、中指がエンドルフィン、ドーパミンを
脳内に放出するイメージ。

薬指、小指はまだまだ甘い。
抽象的過ぎるのか。

親指とのコンビネーションだと、比較的効果を感じられる。

うそ臭いが、直感の冴えている時というのは「確かにある」。
(絵を描いたり、ギターを弾いてる時に側に感じる)

それをもっと、引き寄せたい。


人差し指が空いているのは、将来もうひとつ指にトリガーが欲しくなった時のため。
(一度この指には抽象的すぎるアンカーリングをして失敗している)


久々に落ち着いた時間があるため、まずはアンカーリングを再構築しようと思う。

他にも、身体を使った記憶法もトレーニングしなおしたい。

メタ認知は全ての鍵。
いずれメタ認知についても、詳しくまとめてみるつもりだ。

  1. 2010/02/11(木) 20:58:10|
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