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K's diary, thought, and so on.

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生きるために

この3年ほどの海外での経験を経て、自分の中の色々なものが変化した。

この目を通して映る世界の色が完全に変わったのだ。
以前魅力的に見えていたものは色褪せてきたし、見たこともないものが光を放っている。

ただ、どうしようもなく苦しい想いも背負い続けることになった。

人間という存在の残虐さ、愚かさ、そういうものを考えると
自分が人間であることがバカらしくなってくるし、世界が存在していることが無意味に思えてくる。

1年ほど前かな、本当に色々な部分で壁に当たっていた。

自分がこうしてのうのうと生きている間にも、
幸福を望む多くの人には重すぎる悲劇が襲い掛かり、
ただなんとなく水面を漂っているような自分は安穏とした日々を享受している。

その事実が、どうしようもなく腹立たしく、虚しい。

なんでこんな苦しい思いをしなければいけないのだろう、
いっそのこと背を向けて、目を瞑ってしまえば楽に生きれるのではないか。
平和で、安穏とした日々のなかで、それなりに楽しく生きていけるのではないか。

ただ、与えられる情報と価値観に自分を埋没させていけば、
何も悩むことなく生きれるのではないか。

いてもたってもいられない衝動のせいで、日本の社会に留まることも出来ない。
心底、自分が情けなくて、ゴミのようで、命を持っていることに罪悪感すら感じていた。

自分なりに(少しは)世界を見てみて、(ほんのちょっぴり)知識も得てみて、
その圧倒的な不平等や利己心のぶつかり合い、搾取にげんなりしていた。

世界を変えることなんか出来やしない、大きな流れには逆らえない。
そんな風な諦めの心もあったかもしれない。

国という同じ囲いの中ですらも、一方には想像を絶する金持ち、他方には極度の貧困。
先進国や富裕層の豊かな暮らしを支えるための多くの犠牲。

世界は狂っている、さもなくば、オレの頭がおかしいんだ。
そしてたぶん、頭がおかしいのはオレのほうだ。

そう思った。

中米で出逢ったある人は、なぜ自分の家族が紛争で殺されたかわからないと言った。

なんでだろう?
オレにはわからない。

ナイロビのバス停にいた兄ちゃんは、部族間の争いなど無いといっていたが、
08の選挙時にはあの騒ぎだ。
昨日までの友達が、部族が違うという理由だけで殺し合った。
あの彼は無事だろうか?

世界のどこに目を向けても、日本の中でさえも、
くそったれな現実が蔓延っている。


淀みが、溜まっていった。


そんな暗闇に一条の光が差したのは、多くの人との出逢いのおかげだ。

本当に素晴らしいと思える人々との、出逢い。

全ての人は、国や性別や年齢、宗教などを超えて、目の前に存在する
ひとりの命を持った人間なのだという実感、そういうものに気づいた。

色々とつまらないものに縛られていた自分にも、気づくことができた。

心の靄が晴れた。

幸せというものは人それぞれだ。
オレが幸せだと感じることでも、他の人が幸せと感じるかどうかなんてわからない。

オレは、単純に、世界の色々な不条理がめちゃくちゃ嫌で、
"たまたま"海外の、特に紛争被害地や圧倒的貧困に苦しむ地域の人々の現状がたまらなく不快だ。

別に人に奉仕したいとか、世の中を良くしたいということではないのだと思う。
なぜ自分がそれを不快に思うかを知りたいし、出来ることなら不快なものは改善したい。

そのために、自分の幸せのために、向かっているのだと気づいたときから、
苦しみは苦しみではなくなった。

そしてその自分の幸せのために、自分の愛する人々の幸せが絶対に必要だという確信、
それが自分の足を前に進めている。

人は自分の生まれる場所を選べない。
自分はたまたま日本に生まれただけで、彼はたまたま戦時中のエルサルバドルに生まれたのだ。

自分の愛する人も、もしかしたら極度の飢餓の最中に生まれ落ちたかもしれない。

ちょっと想像してみればわかる。
自分の最愛の人が、わけもわからぬままミサイルで粉微塵にされて肉片が飛び散ったとしよう。

たまらなく不快じゃないか?
(オレは赦しの心を持った聖人ではないので、復讐を考えてしまうことだろう)

同じ村の初恋の女の子が財政難のせいで売られて、
都市部で性奴隷としてこきつかわれたあげく、エイズによって死ぬ。

地獄以上に地獄じゃないか?

今現在、紛争により愛する人々を失う人、圧倒的に搾取されている人、
彼ら、彼女らは別にオレの最愛の人ではない。知り合いですらない。

...が、彼ら、彼女らはオレの最愛の人と成りえるのだ!

もうそれだけの想像的な根拠で、オレは不快だ。
これが不快であることを正面から認めてしまおう。

だから、世界の不条理やくそったれな事実を見つめたいし、行動したいんだ。

そこには論理の飛躍もあるし、実に利己的な動機だ。

でも、それでいいと、思えるようになってきた。

物理的に危険な場所で、人生を回顧する間もなく死んでしまうかもしれない。
奥地で、よくわからない病に倒れ、誰の目にも触れずに死んでいくかもしれない。

でも、それでいいと、思えるようになってきた。

生きるということは、物理的に生きながらえることではなく、
その命に与えられた欲求に従うことによって得られるものだと、思う。
(完全にオレの偏見による価値観だが...)

理解もされず、孤独に死んでいくのかもしれないとは、もう思わない。
愛する人たちがいるからだ。
(もちろん一方通行の可能性はありますが...w)

その人たちの存在のおかげで、人間を信じれるし、
彼ら、彼女らが不条理な世界に押しつぶされることがないようにと、心から願う。
(単純に安穏な日々があればいいとは、言わない。傷つくことは人生の一部だから)


さて、未熟な自分が、こんな戯言ばかり並べていてもしょうがない。

自分を磨き、足を前に進めなければ。

風は、そういう方向に吹いている。
そしてオレは根無し草。

魂の赴くままに。

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  1. 2010/03/03(水) 21:13:01|
  2. 人生論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
<<認識と変数、矛盾。歩みを止めないこと。 | ホーム | 英単語最終宣戦布告>>

コメント

めっちゃ「なんでやろ?なんで逆の立場じゃないんやろ?」って思うことあります。
後悔したくないから
動くしかないですよね*
「当事者意識」ですよね、そこに目を向けるか素通りするか、アクションを起こすか。
こんな言葉が私の部屋の壁にこんな言葉が。
「人生の価値はいかなるときも安らぎの心でいられるかである」
「幸せだと思ったときから幸せが始まる」
「全ての過去は喜びの、未来の為の準備です」
  1. 2010/03/03(水) 22:41:15 |
  2. URL |
  3. *mahaloha*(Risa) #-
  4. [ 編集 ]

>Risa

幸せって相対的なものじゃないもんね。
意識の状態の問題だから、オレは今世界一幸せだと、心の底から言える。
オレが生れ落ちた国や時代の偶然性に気づいたのは、インドでのある少年との出逢いから。
オレはその頃、今のりさと同い年だったかな。
りさがインドで何を見てきて、何を思うのか、聞かせてほしいなあ。
またゆっくり聞かせてください☆
  1. 2010/03/03(水) 22:47:36 |
  2. URL |
  3. K #-
  4. [ 編集 ]

丁度今さっきまで、インドに行ってるクロさんとskypeで話してて、
彼が向こうで2月半ばから過ごして見たもの感じたこととかを聞いてて、
Kさんがここに書いてたこととか
色んな考えがぐるぐるめぐってきて、
自分はまだまだ全然わかってないなとか、
なんで同じ”人”として生まれてきたのに、生まれた場所でこうも簡単に命が失われていくことがあるんだろうとか同じ”人”なのになんでこうも不平等なんだろうとか
そう思うのはそう思える余裕がいま自分にあるからなのかとか、いろいろ考えが煮詰まってきました。

Kさんと話したいです
skype やってますか?
あ、今は遅いんでまたメールします・・!

  1. 2010/03/04(木) 02:44:38 |
  2. URL |
  3. Misa #6Z6xBloY
  4. [ 編集 ]

>Misa

いちど見てしまったもの、感じてしまったものを
今更無かったことには出来ない、っていう感覚が一番強いかな。
それをしてしまうと自分にウソをつき続けなければいけなくなって、
それはオレ自身をもの凄く縛ることになるんだ。

Skype、してるよー。
kei_highlifeです、見つけておいて☆
話しましょう:)
  1. 2010/03/04(木) 07:57:23 |
  2. URL |
  3. K #-
  4. [ 編集 ]

私もほんの少し前、インドに行った友達と話してインドにすごく行きたくなった。インドは衝撃が強いと聞くから、色々経験してからいこうと思ってたけど、今行きたいです。
世界に目を向けている人はたくさんいるけど、実際に行動している人はどのくらいいるだろう。きっとたくさんいるけど、その人たちは、自分の国にどれだけ目を向けたのかな。
私も世界を知りたいけど、知れば知るほど、日本を知らなきゃと思う。
慧さんの想いをゆっくりかみしめながら読みました。
  1. 2010/03/04(木) 08:47:13 |
  2. URL |
  3. りな #-
  4. [ 編集 ]

>Rina

インドに行っても何も見えない人もいるし、日本国内でも色々なことに気づくひともいる。
人それぞれ、違った視点や感性を持っていて、
どこかで矛盾を感じているような部分が、
たまたま外部の刺激によって浮き彫りになるのかもしれない。
旅はタイミングだと思う。人との出逢いと一緒で、必要なときに必要な刺激がある。
オレはずっとキューバに行きたいと思っているのだけれど、
なかなかそういう展開にならないのは、
行くタイミングではないんだなあと捉えている。
どの生き方が素晴らしい、どの生き方がくだらないなんてなくて、
みんなみんな、その命をまっとうするための風を感じているんじゃないのかな。
その風向きが、たまたま海外で何かをすることだったり、
日本の田舎で医者をすることだったり、絵を描き続けることだったり。
オレは日本という対象をきっちり見るために、
他の価値観に触れてみたいと思うところもあるかな。
なんだかんだ言って、この国が好きやし、誇りに思いたい。
だからこそ、日本での出逢いを、今は殊更大事にしているのかもしれない。
もっと大きな視点で言うと、人間を、知りたいんやろうね。
人間がどういうものなのか、興味があるんだ。
自分が生きている意味を、ずっと探しているのかもしれない。
  1. 2010/03/04(木) 09:26:31 |
  2. URL |
  3. K #-
  4. [ 編集 ]

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