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名づけによる世界の成り立ち

内部世界と事象との狭間にあるものが感覚器官だと言える。

それは単純に五感を通して得られるものではなく、観念のレベルでも同じことだ。

第三者としての完全な客体(ありえないもの)を神の視点として据え置いてみると、
僕の見る世界、あなたの見る世界、それは共に神の視点からはズレている。

目の前のものを認識するということは、"名づけ"を行う行為だ。
それには、言葉というツールを使って表層の意識に昇らせる必要はない。

言葉は曖昧なザルにすぎないもので、
物を語るということは神の視点にある世界を利己的に切り取る作業だ。


"好き"という感情。
それはもともとあなたの中に存在したものではない。
外の世界と触れることでえた情報(=振動)をカテゴライズし、
認識できる言葉に置き換えたものだ。
(起因は絶対的にあなたにある)

目の前のコップも、愛も、思想も、あなたがいなければ存在しないものだ。

それは唯脳論的な"全ては想像の産物でありえる"ということではなく、
(マトリックスの世界、もちろん、これも否定出来ない)
全ての人は、神の視点から切り取った固有の世界を自ら形成し、そこに生きているということだ。

あなたのコップは、あなたのものだ。
これは既得権や所有の観念の話ではない。

あなたが認識することで、あなたの世界に招きいれたものだ。

あなたの愛は、あなたのものだ。


この論点でいえば、世界はあなた自身である、と言える。

しかしそれは決して、全ての人が同じ世界を共有しているという前提ではないから、
あなたに"他の世界"に直接触れる権利はないし、その術もない。

(世界構成を組み立てる手段としての芸術、哲学、宗教、密教的儀式、シャーマニズム、
禅的行為、洗脳や心的外傷を与える手段などで間接的に他人の世界を組み立てなおすことは可能)

芸術家は、その世界が彼自身のものであることを知っている。

芸術作品というものはその人の固有の言語だ。
その人の生き方そのものも、その人の世界を伝える、言葉であり、振動だ。

矛盾するようだが、個々の世界は切り離されて存在する別個のものではない。

全ては、大きな流れの一部であり、お互いに振動を伝える膜のようなものだ。


全てが、全てに依って、成り立っている。
ここに、倫理の生まれる土壌がある。

なぜ、人を傷つけることがいけないことなのか。
なぜ人を殺してはいけないのか。

関係性によって成り立つ世界を認識しなければ、
愛は生まれない。

仏陀の色即是空は存在の否定ではなく、
キリストの愛は仲間意識という小さな囲いではない。


...と思う。

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  1. 2010/03/21(日) 22:03:27|
  2. 認知、哲学
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