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クラスターの認識

クラスターの認識こそが人間の特性ではないかということについて。

Twitterで何気なく思ったことをつぶやいていたら思考がまとまってきた。
やはり考えは言葉というフィルターを通すことで論理的に再構築される。

一度外部に言葉として生成されたものを客観的に再度濾過することによって蒸留できるのだ。

さて、そんな中で考えたのが
クラスターという概念が人間の特性を表しているのではないかということについて。


まずはクラスターという言葉の定義から始める。

(チベット仏教は、まず第一に徹底的な論理学を身に着けることからはじまる)
(論理を積み上げていくToolを鍛えるのだ)
(チベット仏教についてはいずれじっくり書く)

ここでは一般的な意味でのクラスターという概念からは少しはずれるかもしれないから、
いちから考えていく。


一般的なクラスターという語の持つ意味。
---------------------------------------------
【英】Cluster
花・果実などの房、かたまり。
同種の動物・人・物などの群れ、一団。
原子・分子の集合。
データをひとつのかたまりとして扱う単位。
記憶装置における記憶単位。
---------------------------------------------


あなたという人間がいる。
あなたは家族の構成単位としてのクラスターに内包される。

同時に、あなたはある国の国民としてのクラスターに内包される。
同時に、あなたは性別的に男か女か、若しくはそれ以外の性というクラスターに内包される。
同時に、あなたはホモサピエンスとしての学名に内包され、哺乳類であり、生きている。

こういうふうに、大きな"容器"にどんどんと内包していくことが出来る。
反対に、小さな方向に(原子や分子レベルで)クラスターを認識していくことも出来る。


こういう分類は"名づけ"の行為によって行われる。

ある一団の類似する特徴を認識し、分類する。
どの特徴を認識するかによって、それらの持つクラスターの階層は変わってくる。

目の前の机が、単に木材の集合体ではなく机であるのは、こうした意識の働きによる。


...ということで、ここでいうクラスターの意味とは
「客体を認識し、名づける」行為のことになる。

客体の適用範囲はクラスターの基準に依る。


ここで強調したいのは、クラスター構造は
決して「ものごとの事実」により決定されるわけではないということだ。
(それはこの空間的、時間的宇宙の次元には"存在"しないんだ!!)

その存在の在るがままを人間は決して捉えることは出来ない。
(ナーガールジュナの思想では仏教的悟りがそういう境地を指しているようだが)

主体に映りこんだ世界の断片を投影し、客体を存在として浮かび上がらせるのだ。

(旧約聖書の創世記はその物語に思える)

うん..どうしても詩的な表現に陥ってしまうな。
もっと論理的に突き詰めれる事柄なのだけれど...。

ノーム・チョムスキーの生成文法理論に見られる"チョムスキー階層"を勉強したい。
きっと通じるものがある。

形式言語の階層が、心の階層=世界の階層を示すことにはならないか。


こういったことを考えることに何の意味があるというのか。

それに対する明確な答えはない。

...が、そこに着目することは愛を考えることだと思っている。
もちろん、愛を考えることと実践することは全く違う。

論理など捨て去って、愛を実践していければそれは素晴らしいことだ。

それでも、全てを「理解したい」という欲求からは自由になれない。

そこに言葉は届かないかもしれない。
いや、すでに言葉の持つ表象能力の限界は人間の次元に対する知覚能力に縛られている。

だからこそ物語が必要で、人生は流れていくのだと思う。

この世界に在れることに感謝。

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  1. 2010/04/07(水) 19:56:39|
  2. 認知、哲学
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