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K's diary, thought, and so on.

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破壊と創造、そして愛

人生でずっと考え続けていくテーマがあるとしたら、
それは「破壊」「創造」「愛」だ。


世の中は思ったよりも破壊に溢れている。
人は簡単に人を殺すし、権利を奪う。
対象の領域をとことんまで破壊する衝動が人間にはあるのだろうか。
人を殺すための道具である、銃や刀に魅力を感じるのはなぜだろうか。
鉄の感触や、無骨な頑丈さ、破壊力に魅了される気持ちとは何なのだろう。
支配すること、優位に立つことは対象を破壊する権利を得ることだ。


反対に、創造的活動は魂に喜びをもたらす。
人はヤハウェの被造物として、その特性を受けついだと聖書は語る。
ヤハウェが世界を、人を創ったように、人もまた創造に惹かれるのか。
人生を歩いていくこともまた、大いなる創造か。
音楽はどこから来るのだろう。
芸術とは何だろう。
なぜこうも魂に語りかけてくるのだろう。


こういった矛盾した性質を持つ人間はまた、
外部の対象を自身と同一のものとみなすことが出来る。
愛の感情。


この3つの概念は、「死」という枠によって生じているのかもしれない。



人は不思議だ。

知るほどに悲しく、希望に満ちた存在だ。


  1. 2010/04/25(日) 00:39:41|
  2. 人生論
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あなたの持っている自由

「あなたの持っている自由を持たない人のために用いてください」 by アウンサン・スーチー

ああ、これだ。
この言葉が喉にひっかかっていたんだ。

今の時代にここに生まれたからこそ出来ることがある。
自分だからこそ、出来ることがある。

生きていることそれ自体が可能性になる。

「ビルマVJ 消された革命」
5月15日公開のドキュメンタリー映画。
http://www.burmavj.jp/ 

  1. 2010/04/15(木) 19:20:00|
  2. 人生論
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旅人

哲学は好きだが、歴代の哲学者の考えを代弁することは出来ない。
彼には彼の哲学があり、その言葉には、その言葉の発せられた世界があるからだ。

仏陀の残した空や中道の概念をあれこれ解釈することに意味はない。
納得のいく解釈のたどり着くところ、それはあなたの観念なのだから。

何かを「理解した」つもりになってはいけない。

それはあなたの世界の言葉なのだ。
あなたは世界を記述出来ると思うかもしれないが、
それはあなたの言葉によって紡ぎだされたあなたの世界なのだ。

キルケゴールが何を意図して言ったのかは知らないが、
「人にはそれぞれの真理がある」という言葉には心を惹かれた。

真理とは(個人に対しても)絶対的な答えではない。

その命と、魂を前に進めるための拠り所となる力のことだ。
個人的な宗教であり、芸術であり、
自分をこの世界に関連付ける論理なのだ。
(論理というものが語りえない世界を持つということには
ウィトゲンシュタインの言葉を借りよう)

根を張ることで、不動の安心を求める行為。
それはマジョリティの支えられた世界に安穏とする虚構になり得る。

根を蝕むものを、排除したがる。

目を瞑り、崖の前に佇むことになる。


風に乗ろうと思ったら、根は切り離さなければいけない。
風雨に晒されたら、晒されただけ、転がっていけばいい。

人は、与えられたものに意味を見出すことが出来る。
空間と、時間と、意思の成り立つこの瞬間に、意味を見出すことが出来る。



結局人は旅人なんだ。

身軽なほうがいい。


  1. 2010/04/06(火) 23:27:50|
  2. 人生論
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弟の命日 -死を考える-

今日は弟の命日だった。
家族で墓参り。

弟が死んだとき、僕は小学2年生だった。
小学校にあがる前に小児ガンで亡くなった弟。
そんな彼の墓に訪れるのも久しぶりのことだった。

僕には弟の死よりも、てんやわんやな家の中のことのほうが大変なことに思えた。
死というものを、未だきちんと理解していなかったのかもしれない。


弟の死を見つめなおすきっかけになったのは、姉の死だった。


飛び降り自殺だった。
病院の裏手で、瀕死の重傷で放置されていた。

一度意識が戻り、一瞬だけれど目があった。
その瞬間に凝縮されていた想いは、重すぎてなかなか受け入れられなかった。


死というものを、本気で考え始めた。


僕が17歳の時に姉が亡くなって以来、
家族の墓や仏壇に線香をあげたことは無かった。
(ちなみに姉はクリスチャンだった)

全く持って無意味に思えたし、
坊主が嫌いだった。

大層なことを並べたてて、人の領域にズカズカ入ってくる坊さんが
本当に嫌いだったのだ。

「灰の中のお線香の残りかすをきちんと片付けておかないと、
亡くなった方はきちんと成仏できませんよ」

目の前の坊主は本物のバカに思えた。
思いっきり首を絞めてやろうと思った。

それ以来、いわゆる"坊さん"は信用しなくなった。



姉の死から数日、某有名仏教系宗教団体がうちに来た。

「家族の不幸は信仰がないからですよ」

台所でその言葉を聞いていた僕は、渾身の力で冷蔵庫を殴り、
その男の前に出て行って「帰れ」と告げた。

本当にその信仰でその男が生き残れるかどうか、
試しにボコボコししてやろうかと思った。



悲しみのあまりに泥酔した父に殴られて、殴り返した。
親に手をあげた自分が惨めに思えて、雪の降る夜の町へ出て行った。

深夜のことだった。
しんしんと降る雪。

ところどころ街灯に照らされた雪景色が、孤独を強調する。

大きな公園へ着いた。

大の字に倒れて、空を見上げた。
漆黒の空から、延々と白い雪が降り続けていた。

このままここで眠ったら死ぬんだろうな、と思った。

結局、死ぬのはやめて家に帰った。
単純に、これ以上家族が悲しみに包まれるのは嫌だったから。


大学に入っても死について考え続けた。

自分が傷つくのが嫌で、
全てをさらけ出して素直に友人と付き合うことは出来なかった。

どこかに答えが書いてあるんじゃないかと、必死に本を読んだ。
仏陀もキリストもジョン・レノンもマルクスも、答えなんて書いて(歌って)なかった。
でも、この問いを放棄する方法ならいくらでも見つかった。

「それはまた明日考えることにして、今日は今日を楽しみましょう」
「神ってひとがいてね、そいつが言ってることをとりあえず答えにすればいいよ」
「とりあえず、きちんと金を稼ぐことのほうが大事だよ」


カラッポなまま生きていた。


どれだけ他を充実させても、そこが抜けていたらカラッポなんだ。

生きている意味を知りたかった。
だからまず、自分の生きている世界を知ろうと思った。

その後訪れた国は20数カ国。

色々な価値観に触れた。

インドでは死はすぐ傍らにあった。
ザンビアではマラリアやエイズで、簡単に人が死んでいった。
中米で見た紛争の傷跡は死の恐怖を感じさせた。


ある時、ひとはひとりで生きているのではないということが、痛烈にわかった。

愛する人がいるという奇跡に涙した。

世界は悲しみだけで出来ているわけじゃないということを、理解した。

たったひと粒の君の涙、ほんの束の間の君の笑顔が、
こんなにも生きる意味というものを与えてくれるのだと、知った。


死への恐怖が和らいだ。

死が怖かったのは、生きる意味がわからなかったからなんだね。
それをわからないままに死ぬなんて、そんなのは嫌だ!
...とアンパンマンも言っているじゃないか。


風を感じた。


風はずっと、吹いていたのだ。
その風は、ずっと僕を支えていた。

無理に逆らい、逆風の中を、それと知らずに歩いていたんだね。

その風に乗るために、もっともっと心を軽くしていこう。

このまま飛んでいける。
そうか、死とはこの風の舞い上がった先なのだ。


まだまだ重く、色々な蔦の絡まった身だけれど、
今日は素直に弟と姉のことを想えた。

君たちからもらったこの大切な宝は、ずっとずっと大切にしていくよ。


i03
祖父の眠る墓石の横に佇む弟の墓。

i02
佐藤家の家紋。国連のオリーブみたいだ。

i01
ここは"墓の墓"。誰も見舞わなくなった墓石や石像が積んである。静かな音が聞こえる。
  1. 2010/04/04(日) 22:50:21|
  2. 人生論
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東京談家

ユメブレスト in Tokyo 「東京談家」に参加してきた。

「ユメブレスト」とは友人の運営するプロジェクト、「Dream×Possibility」のイベントだ。

年齢性別、学生でも社会人でも関係なく、色々なひとに「自分の夢」を語る場を持とうという、
そういうチャンスを提供していく活動だ。

主に関西で活動していくようだが、東京では「東京談家」として、
東京支部のような形で展開していくらしい。
今回は東京談家の主催者、堤賢太郎の家で皆集まる。

月に一回、こうやって集まって、本気で夢を実現しようとしている人に触れることで、
自分自身の錆を落とすことになり、自らも自身の夢に向かって進んでいける。

今回集まったのは17、18歳が多かったなあ。

現役高校生や、大学の新一回生のひとたちの語ることを聞いていると、
しっかりしているものだなあと関心させられる。

みんな、自分の人生を真摯に生きようと頑張っている。

僕は年長組ではあったけれど、彼ら、彼女らから学んだことは多い。

日本に帰国してから、本当に多くのひとに会っているが、
しっかりと前を見据えて進んでいこうとしている若いひとたちに刺激される。

その一方で、日本の社会というものがどんどんと重圧を増しているのも感じる。

失敗を許さず、再出発の機会の与えられにくい社会。
リスクというものを常に天秤にかけながら進んでいかなければいけない風潮。

僕はそのリスクという言葉に違和感を覚える。

リスクってなんだ?

それは人生を成功者、失敗者という枠で捉えて、
その成功者の条件を満たすように必死に自分を合わせていくこと、
そういう方法論から外れてしまう危惧のことだろうか?

そもそもリスクというものを人は予測出来るのだろうか?

リスクを想定することで、何かを行動しないこと。
それは"行動しない"というリスクを負うことにならないのだろうか?

ここでいう行動とは、
単にアウトプットだけではなくインプットのことも意味する。

何をしていても時計の針は動いていく。

自分にとって確実なのは、人生が有限であるということ。
だからこそ、そこに意味を求めていて、必死であるということ。

いつも、心の底から笑っていられるように。心の底から泣けるように。
君のそばにいられるように。

素のままの自分で在れるように。


g04
エネルギーに溢れていた。自分の心も充電してもらう。

g03
My face My style」代表の外川浩子さん。
言葉に力のあるかただった。また会いにいこう。

g02
バングラデシュ人のハッサン。彼の言葉に、大変勇気づけられた。
これだけ機会に囲まれていることの意味を想う。

g01
のりはこの夜のために夕方、大阪から新幹線で参戦。
次の日の早朝に18切符で帰って行った。

  1. 2010/04/04(日) 19:57:16|
  2. 人生論
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